30年ぶりに帰った実家で、母に謝られた話

リビングのソファに座ったまま、母が「お姉ちゃん、ごめんね」と言った。声は震えていて、手には使いかけのティッシュが握られていた。私は何と答えたらいいのか分からず、ただ床に置いた紙パックのお茶を見ていた。エアコンの音だけがやけに大きく聞こえて、外では近所の犬が遠くで吠えていた。

あの日、実家に着いたのは午後三時を少し回った頃だった。駅から歩いて十五分、昔と変わらない細い道を、スーツケースを引きながら歩いた。七月の暑さで背中が汗ばんで、マンションの前にある小さな花壇の花がくたびれて見えた。インターホンを押すと、しばらくしてから母が出てきた。痩せたな、と思った。最後に会ったのはいつだったか、もう思い出せないくらい前のことだった。

「暑かったでしょう」と母は言って、私を中に入れた。玄関には父の靴がなかった。もう入院しているのだと、そのとき改めて思った。リビングに通されると、テーブルの上に病院からの書類やら薬の袋やらが無造作に置かれていた。母はお茶を出してくれて、二人でしばらく黙っていた。テレビはついていなかった。

私は四十七歳になる。都内の小さな会社で事務の仕事をしていて、夫と二人暮らしだ。子供はいない。結婚してからずっと賃貸のマンションで、家を買う余裕もなかった。夫は普通のサラリーマンで、休みの日はだいたい家で動画を見ている。穏やかな人で、私の家族の話になると、いつも「無理しなくていいよ」とだけ言った。

妹は私より五つ下で、昔から何をやっても可愛がられていた。成績が良くて、ピアノも習っていて、発表会のたびに母はビデオを回していた。私はといえば、特に何かで褒められた記憶がない。悪いことをしたわけでもないのに、いつも後回しにされている感じがした。高校を卒業してすぐ家を出たのは、とにかくその空気から逃げたかったからだ。親に反対されたけど、無理やり決めた。お金がなくて苦労したけど、家にいるよりはましだった。

それから三十年近く、実家とはほとんど連絡を取らなかった。年賀状だけは毎年送っていた。母からは短い返事が来ることもあったが、それだけだった。妹は地元の大学を出て、近くに家を買って、二人の子供を育てている。母の話では、今はパートで働いているらしい。私は妹の子供に会ったことがない。写真も見たことがなかった。

父が倒れたのは、その一週間前のことだった。朝、庭で水をやっていて、そのまま倒れたらしい。近所の人が救急車を呼んでくれて、一命は取り留めた。でも、左半身に麻痺が残って、今はリハビリの病院にいる。母から電話がかかってきたのは、倒れた翌日の夜だった。声は思ったより落ち着いていて、「お父さん、ちょっと入院したから」と言った。大したことではないように聞こえたけど、何か引っかかって、私は「行こうか」と自分から言っていた。電話の向こうで母は少し黙って、「来てくれるなら、助かる」とだけ答えた。

実家に着いて二日目、妹が来た。玄関のチャイムが鳴って、母が「はいはい」と立ち上がる。ドアが開く音がして、妹の声がした。「お母さん、大丈夫?」その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと縮むような気がした。何年経っても、あの声を聞くと昔の感覚が戻ってくる。私はリビングの隅に立ったまま、どうやって顔を合わせればいいのか考えていた。

妹は私を見ると、少し驚いた顔をして、「お姉ちゃん、来てたんだ」と言った。それから「久しぶり」と小さく笑った。私は「うん」とだけ言った。妹は昔と変わらず小柄で、髪は短くなっていた。化粧は薄くて、服も地味だった。手にはスーパーの袋を提げていて、中には惣菜のパックが見えた。

「これ、お母さん、食べて」と妹は袋をテーブルに置いた。「私、夕方までいるから、病院行くなら一緒に行こうか」母は「ありがとう」と言って、袋の中を覗いた。私は何も言わずに、台所でお茶を入れ直した。三人でいると、空気が妙に重かった。妹は母と話すとき、昔と同じように甘えた口調になった。母もそれに応えるように、優しい声で答えていた。私はその会話に入れなかった。いや、入らなかった。

夕方、三人で病院へ行った。父はベッドの上で目を開けていて、私たちを見ると少しだけ口を動かした。母が「お父さん、お姉ちゃんも来てくれたよ」と言った。父は私を見て、何か言おうとしているようだったが、うまく声にならなかった。私は「無理しなくていいよ」と言って、ベッドの横に立った。父の手は痩せていて、点滴の管が痛々しかった。昔、あんなに怖かった父が、今はこんなに小さくなってしまったのかと思った。

病院からの帰り道、妹が「お姉ちゃん、いつまでいられるの」と聞いてきた。私は「とりあえず一週間くらい」と答えた。妹は「そっか」と言って、それから少し間を置いて、「私、仕事あるから毎日は来られないけど、お母さんのこと、よろしくね」と言った。その言い方が、どこか他人事のように聞こえて、私はカチンときた。でも、口には出さなかった。昔からそうだった。妹はいつも、私に「よろしくね」と言う側だった。

その夜、母と二人で夕食を食べた。妹が買ってきた惣菜と、母が作った味噌汁。テレビをつけると、どこかの旅番組をやっていた。母は画面を見ながら、ぽつりぽつりと父のことを話した。倒れる前は元気だったこと、最近物忘れが多くなっていたこと、それでも庭いじりだけは続けていたこと。私は相槌を打ちながら、昔のことを考えていた。父は私に厳しかった。いや、厳しいというより、無関心だった。妹には笑顔で話しかけるのに、私には用事があるときだけ声をかけた。それが当たり前だと思っていた。思うようにしていた。

「お姉ちゃんは、小さい頃からしっかりしてたから」と母が突然言った。「手がかからなかったから、つい甘えてしまってたのかもしれない」私は箸を置いて、母の顔を見た。母はテレビを見たまま、続けた。「お父さんも、本当はお姉ちゃんのこと、心配してたのよ。でも、不器用で、どう接していいか分からなかったんだと思う」私は「今さらそんなこと言われても」と言いかけて、やめた。言ったところで何が変わるわけでもない。母はそれ以上何も言わなかった。

三日目、母と二人でスーパーへ買い物に行った。母はカートを押しながら、ゆっくりと歩いた。私はその後ろをついて、かごを持った。母は「これ、安いわよ」とか「お父さん、これ好きだったのよ」とか、小さなことを話した。私は「ふうん」と答えながら、昔もこんなふうに二人で買い物に来たことがあっただろうかと考えていた。思い出せなかった。たぶん、なかったのだと思う。

レジを済ませて外に出ると、夕方の空が赤くなっていた。母が「あのね」と立ち止まった。「お姉ちゃんに、ずっと言いたかったことがあるの」私は足を止めて、母の顔を見た。母は私の目を見ずに、地面のあたりを見ながら言った。「小さい頃から、お姉ちゃんばかり我慢させてきたよね。お母さん、ちゃんと見てあげられなくて、ごめんね」その言葉は、私の予想よりずっと小さくて、でもはっきりと耳に届いた。私は何も言えなかった。言いたいことは山ほどあったのに、喉の奥でつかえて出てこなかった。

家に戻って、二人で夕食の支度をした。母は手際よく野菜を切って、私は鍋を火にかけた。台所に立つ母の背中は、昔よりずっと小さく見えた。私は「別に、もういいよ」と言った。自分でも驚くくらい、素っ気ない声だった。母は包丁を動かす手を止めて、少しだけ振り返った。「ありがとう」とだけ言った。

次の日、妹がまた来た。今度は子供を一人連れていた。小学校高学年くらいの女の子で、私を見ると「こんにちは」と丁寧に挨拶した。私は「こんにちは」と返した。妹は「この子、お姉ちゃんに会うの初めてだよね」と言って、子供に「おばあちゃんの家に来てる、お姉ちゃんのお姉ちゃんだよ」と説明していた。私は苦笑いした。お姉ちゃんのお姉ちゃん。なんだか変な気分だった。

その子はリビングで宿題を始めて、妹は母と病院の話をしていた。私は台所でお茶を入れて、みんなの前に置いた。妹が「お姉ちゃん、ありがとう」と言った。私は「いいよ」と答えた。それから、ふと「あの子、しっかりしてるね」と言うと、妹は「最近、反抗期で大変なのよ」と笑った。母も「お姉ちゃんの小さい頃にそっくり」と言った。私は「そうかな」とだけ言った。妹は「お姉ちゃん、昔から何でもできたもんね」と言った。その言葉に、また少しだけ胸が痛んだ。何でもできたから、放っておかれた。そういうことだ。

一週間が過ぎて、私は東京に戻ることになった。出発の朝、母は玄関まで見送りに出てきた。「これ、新幹線で食べなさい」と小さな袋を渡された。中にはおにぎりとお茶が入っていた。私は「ありがとう」と言って、スーツケースを引いた。母は「また、来られる?」と聞いた。私は「うん、落ち着いたら」と答えた。本当は、また来るかどうか分からなかった。でも、そう言うしかなかった。

駅までの道を歩きながら、私はスマホを取り出して、夫に「今から帰る」とLINEを送った。すぐに「了解。気をつけて」と返事が来た。私はそれを見て、少しだけほっとした。東京の家に帰れば、いつもの生活が待っている。静かで、特に何もない、でも私の居場所がある生活。それが今はただ、ありがたかった。

新幹線の窓から外を見ていると、母の「ごめんね」という声が何度も頭の中で繰り返された。あの言葉で、何かが解決したわけではない。許せたわけでもない。でも、あの声を聞いて、少しだけ力が抜けたような気がした。たぶん、私がずっと欲しかったのは、謝罪ではなくて、ただ見てもらうことだったのかもしれない。そう思ったら、目の奥が熱くなった。でも、涙は出なかった。

東京に着いて、家に帰ると、夫が「おかえり」と言ってくれた。私は「ただいま」と答えて、ソファに座った。夫が入れてくれたお茶を飲みながら、実家での一週間を思い返していた。まだ、うまく言葉にできないことばかりだった。でも、少しだけ、昔よりは前に進めたような気がした。それでいいのかもしれない。そう思うことにした。