病院の待合室で母に言われた、衝撃的な告白
病院の待合室で、母が突然「あんた、お父さんの子じゃないかもしれないの」と言った。私は手に持っていた診察券を落としそうになった。母は前を向いたまま、膝の上のハンドバッグを両手でぎゅっと握っていた。空調の音だけがやけに大きく聞こえた。
「何言ってるの」と私は言った。声が少し裏返った。
母は答えなかった。代わりに、受付の番号が表示される電光掲示板を見上げた。私の番号はまだ呼ばれない。内科の待合室には老人が多く、みんな黙って座っていた。私は母の横顔を見た。七十三歳。少し痩せて、頬のあたりが以前よりくぼんでいる。去年、父が亡くなってから、母は一人で暮らしている。
「お母さん、どういうこと」と私はもう一度言った。今度は声を低くした。
母は小さく息を吐いて、「昔の話よ」と言った。「もう終わったこと」
「終わったことって、そんなこと言われて終わるわけないでしょ」
母はまた黙った。私は診察券をバッグに戻し、膝の上で手を組んだ。心臓が早くなっているのがわかった。父は三年前に大腸がんが見つかって、一年半の闘病の末に亡くなった。六十八歳だった。私は父に似ていると言われて育った。目元が似ていると親戚に言われるたび、父は照れくさそうに笑っていた。
「誰に似てるって言われてきたと思ってるの」と私は言った。
母は「わかってる」とだけ答えた。
私は四十八歳。都内の住宅街で夫と二人暮らしをしている。子どもはいない。結婚して二十二年になる。夫は食品メーカーの営業職で、私は週四日、駅前のドラッグストアでパートをしている。母は千葉の実家に一人で住んでいて、私が月に一度、様子を見に行く。今日は母の高血圧の定期検診に付き添うために、朝早く家を出てきた。
「誰の子なの」と私は聞いた。声が震えないようにするので精一杯だった。
母は首を振った。「それは言えない」
「言えないって、そんなのずるいよ」
「ごめんね」と母は言った。その声は小さく、かすれていた。
私はそれ以上何も言えなかった。受付の番号が表示されて、母が立ち上がった。私も立ち上がった。診察室の前まで一緒に歩いたが、足が地に着いていないような感覚だった。
診察の間、私は待合室でぼんやりしていた。母は血圧が少し高めだと言われただけで、薬を処方されて出てきた。会計を済ませ、病院を出ると、外は曇っていた。梅雨入り前の湿った空気が肌にまとわりついた。
「お昼どうする」と私は聞いた。日常に戻りたかった。
「家に帰って食べるわ」と母は言った。
「送ってくよ」
「大丈夫。電車で帰れるから」
「でも」
「一人になりたいの」と母は言った。
私は何も言わずに駅まで一緒に歩いた。母は改札の前で「今日はありがとう」と言って、私の顔を見ずに去っていった。私はしばらく改札の前に立っていた。スマホを取り出して、夫にLINEを送ろうとしたが、何と書いていいかわからず、そのまま閉じた。
家に帰ってからも、頭の中はそのことでいっぱいだった。夕食の支度をしながら、包丁を持つ手が何度か止まった。夫が帰ってきて「今日どうだった」と聞いたので、「別に。血圧ちょっと高めだっただけ」と答えた。夫はそれ以上何も聞かなかった。
翌日、私は仕事を休んだ。朝から母に電話をかけた。何度かコールが鳴って、母が出た。
「昨日の話、ちゃんと聞きたい」と私は言った。
母は黙っていた。電話の向こうで、テレビの音が小さく聞こえた。
「お母さん、お願いだから」
「……わかった」と母は言った。「今度、家に来なさい」
週末、私は千葉の実家に行った。実家は築四十年の一戸建てで、父が生前、庭の手入れをしていた。今は雑草が伸び放題になっている。玄関を開けると、母が台所でお茶を入れていた。居間のテーブルには、古いアルバムが一冊置かれていた。
「座って」と母は言った。
私は座った。母は私の向かいに座り、湯呑みを両手で包んだ。
「あの人はね」と母は言った。「昔、勤めていた会社の上司だったの」
私は黙って聞いた。
「私が二十五のとき。お父さんと結婚する前の話よ。一年くらい、関係があった。それで、あなたができた」
「お父さんは知ってたの」
母は首を振った。「知らない。ずっと知らないまま死んだ」
「なんで今になって言うの」
母はしばらく黙っていた。湯呑みをテーブルに置いて、アルバムを開いた。そこには若い頃の母と父の写真があった。二人でどこかの海に行ったときの写真だった。母はその写真を指でなぞった。
「最近、夢を見るの」と母は言った。「お父さんが出てくる夢。何も言わないで、ただこっちを見てるの。それで目が覚めると、言わなきゃいけないような気がして」
「でも、お父さんはもういないよ」
「だからよ」と母は言った。「あの人に言えなかった分、あなたに言わなきゃと思った」
私は何も言えなかった。母の気持ちはわかる気がした。でも、私の気持ちはどうなるのか。四十八年間、父の子として生きてきた。父の葬儀のとき、喪主として挨拶した。父の遺影の前で、私は「お父さんの娘でよかった」と言った。あれは嘘だったのか。
「その人、まだ生きてるの」と私は聞いた。
母は少し驚いた顔をした。「たぶんね。もう八十近いと思うけど」
「会いたいとは思わない?」
母は首を振った。「会いたくない。もう関係ない人だから」
「でも、私の父親なんでしょ」
母は何も言わなかった。私はアルバムの中の父の顔を見た。若い頃の父は、今の私とやっぱり似ている気がした。目元だけじゃなく、笑ったときの口元も。でも、それは思い込みかもしれない。似ていると言われ続けたから、似ていると思い込んでいるだけかもしれない。
「名前だけでも教えて」と私は言った。
母はうつむいた。「言えない」
「なんで」
「あなたがその人に会いに行くかもしれないでしょ」
「行かないよ。ただ、知りたいだけ」
母は首を振り続けた。「お願い。それ以上は聞かないで」
私はため息をついた。台所の窓から、庭の雑草が見えた。父が生きていたら、こんなに伸び放題にはならなかっただろう。父は毎週末、庭に出て草を抜いていた。私が実家に帰ると、いつも「おかえり」と言って、庭から手を振ってくれた。
「お母さん、私、どうしたらいいの」と私は言った。
母は顔を上げて、私を見た。目が赤くなっていた。
「ごめんね」と母はまた言った。「本当にごめんね」
私は首を振った。「謝らないで。謝られると、余計に苦しい」
母はうつむいて、アルバムを閉じた。それから、ゆっくりと立ち上がり、台所に行ってお茶を入れ直した。私は居間で一人、閉じられたアルバムを見ていた。
帰り際、母は玄関まで見送りに出た。
「また来るね」と私は言った。
母は小さくうなずいた。「気をつけて帰って」
私は駅まで歩きながら、父のことを考えていた。父は私が小学生のとき、運動会のリレーで転んだ私を保健室まで背負って行ってくれた。中学生のとき、塾の帰りが遅くなると、駅まで迎えに来てくれた。結婚式のとき、父は泣きながら私の手を握った。あの手の温かさは、確かに私の記憶の中にある。
でも、血はつながっていないかもしれない。それが何を変えるのか、私にはまだわからない。ただ、自分の中の何かが少しずつ崩れていくような感覚があった。
家に帰ると、夫がリビングでテレビを見ていた。
「どうだった」と夫は聞いた。
「うん。普通に話したよ」と私は言った。
夫は私の顔をちらっと見て、「なんかあった?」と聞いた。
私は少し迷ってから、「お母さん、ちょっと疲れてるみたい」とだけ言った。
夫は「そうか」と言って、テレビに視線を戻した。
私は台所に立ち、冷蔵庫を開けた。夕食の材料を出しながら、母の言葉を反芻していた。あの人はもう関係ない人だから。でも、私にとっては関係ある人だ。存在すら知らない人が、私の半分を作っている。そのことを思うと、立っている場所が急に不確かになった。
数日後、私は妹に電話をかけた。妹は三つ下で、結婚して神奈川に住んでいる。子どもが二人いる。母のことは時々、妹が様子を見に行っている。
「ねえ、お母さんから何か聞いてる?」と私は聞いた。
妹は「何を?」と聞き返した。
「いや、別に。最近、元気かなと思って」
「普通だよ。この前も一緒に買い物行ったし。血圧の薬もらってるだけでしょ」
「うん、そう」
私はそれ以上何も言えなかった。妹には言えない。言ったら、妹も同じように苦しむかもしれない。でも、私だけが抱えているのも辛かった。
「お姉ちゃん、なんか声が変だよ」と妹は言った。
「そう? 寝不足かも」
「無理しないでね」
電話を切った後、私はベランダに出て、洗濯物を干した。隣の家の子どもが庭で遊んでいる声が聞こえた。私は子どもがいない。若い頃は欲しかったけど、できなかった。夫とは何度か話し合ったが、治療まではしなかった。今となっては、それでよかったのかもしれないと思う。もし子どもがいたら、このことをどう伝えただろう。
夜、夫が先に寝た後、私はリビングで一人、スマホを開いた。検索窓に「父親 違う 知らされた」と入力しかけて、やめた。そんなことをしても、何も解決しない。でも、誰かの体験談を読めば、少し楽になるかもしれないと思った。結局、検索はしなかった。スマホを閉じて、電気を消した。
翌週、母からLINEが来た。「この前はごめんね。また来てくれる?」と書いてあった。私は「来週行くね」と返した。
実家に行くと、母は庭の草むしりをしていた。私が声をかけると、母は腰を伸ばして「あら、早かったね」と言った。その顔はいつもの母だった。私は軍手を借りて、一緒に草を抜いた。しばらく無言で作業した。土の匂いがした。
「お父さん、この庭好きだったよね」と私は言った。
母は「そうね」と言った。「あの人、休みの日はいつも庭にいたわ」
「私が小さい頃、朝顔育てたの覚えてる?」
「覚えてるわよ。青い朝顔でしょ。お父さんが支柱を立ててくれたの」
私はうなずいた。あの朝顔は、夏の間ずっと咲いていた。父は毎朝、水をやりながら「今日は何個咲いた」と数えていた。
「ねえ、お母さん」と私は言った。「私、やっぱりお父さんの子でいたい」
母は手を止めて、私を見た。
「血がどうとか、もういいの。お父さんは私のお父さんだから」
母は何か言おうとして、やめた。それから、小さくうなずいた。
「ごめんね」と母は言った。
「もう謝らないで」と私は言った。「でも、一つだけ教えて。その人、生きてるの?」
母は少し迷ってから、「わからない」と言った。「もう何十年も会ってないから」
私はそれ以上聞かなかった。母の顔には、疲れのようなものが浮かんでいた。真実を話したことで、母もまた何かを失ったのかもしれない。
草むしりを終えて、二人で手を洗った。母が麦茶を出してくれて、居間で飲んだ。テレビでは天気予報が流れていた。明日は晴れるらしい。
「また来るね」と私は言った。
母は「いつでも来なさい」と言った。
駅までの道を歩きながら、私は空を見上げた。曇っていた空が少し明るくなっていた。父のことを思うと、胸の奥がまだ痛む。でも、あの庭で一緒に草を抜いた時間は、確かに私のものだ。血がつながっていなくても、父と過ごした四十八年は消えない。
私はスマホを取り出して、夫にLINEを送った。「今から帰る。夕飯、何がいい?」
すぐに既読がついて、「なんでもいいよ」と返事が来た。
私は駅のホームに立ち、電車を待った。風が吹いて、髪が乱れた。私は髪を耳にかけながら、これからのことを考えていた。母との関係は、たぶん少しずつ変わっていく。でも、それがどう変わるのかは、まだわからない。ただ、私はこれからも母の娘で、父の娘だ。それだけは、誰にも奪えない。