実家の父の介護と、夫の早期退職の話
夕方のスーパーで、半額シールの貼られた刺身パックを手に取った瞬間、スマホが震えた。画面に「母」の文字。またか、と思った。出るのを一瞬ためらって、でも結局、買い物かごを足元に置いてから通話ボタンを押した。
「もしもし」
「あんた、今どこ」
母の声はいつも通り、挨拶もなく始まった。後ろでテレビの音がしている。たぶん、時代劇の再放送だ。
「スーパー。買い物してる」
「そう。あのね、今日、ケアマネージャーさんが来てね、お父さんのこと、そろそろ施設も考えたらって言われたの」
私は何も言わずに、冷凍食品の並ぶ棚の前で立ち止まった。買おうと思っていた枝豆が、急にどうでもよくなった。
「でもね、私、まだやれると思うのよ。お父さんだって、知らない所に行くのは嫌だろうし」
母の声は明るかった。明るいというより、無理に張っている感じがした。この一年で、母はすっかり小さくなった。背丈ではなく、声の張りとか、言葉の勢いとか、そういうものが。
「お母さんがそう思うなら、まだ家で見ればいいんじゃないの」
「そうよね。あんたもそう思うわよね」
母は私の同意が欲しいだけだった。本当は不安で、誰かに大丈夫だと言ってほしいだけなのだ。それはわかっている。わかっているけれど、私は「でも無理しないでね」の一言さえ、素直に言えなかった。
「また何かあったら連絡して。今、手が離せないから」
「わかったわ。ごめんね、忙しいのに」
通話が切れた。スマホをバッグに戻して、私は刺身パックをかごに入れた。半額シールの端が少し剥がれかけていた。
家に帰ると、夫はもうソファでスマホを見ていた。テーブルの上には、食べ終わったカップ麺の容器が置きっぱなしになっている。
「ただいま」
「おかえり。遅かったな」
「スーパー混んでたから」
それだけ言って、私は台所に立った。買ってきたものを冷蔵庫にしまいながら、さっきの母の電話のことを話すべきかどうか考える。話したところで、夫が何か言うわけでもない。いや、何かは言うだろう。「またか」とか「大変だな」とか、そういう表面的なことだけ。
結婚して二十二年になる。子どもは二人いて、上の娘は短大を出てから地元の信用金庫に就職した。下の息子は大学三年生で、まだ仕送りがいる。夫は県内の食品メーカーに勤めていて、去年、ようやく課長になった。私はパートで、週に四日、ドラッグストアのレジを打っている。時給は九百六十円。手取りで月に十一万いくかいかないか。
平凡な家庭だと、自分でも思う。でも平凡の中に、小さな棘がいくつも刺さっていて、それが時々、夜中に思い出したように痛むのだ。
実家は同じ市内にある。車で二十分ほどの住宅街で、父と母が二人で暮らしている。父は三年前に脳梗塞で倒れて、左半身に麻痺が残った。言葉も少し不自由になった。杖をつけば何とか歩けるけれど、トイレも入浴も一人では難しい。母が全部やっている。七十六歳の母が、七十九歳の父の世話をしている。
私には妹が一人いる。五つ下で、東京に住んでいる。大学を出てからずっと向こうで働いていて、結婚してからも帰ってくるのは年に一度、お盆か正月だけだ。母は妹のことを「忙しいから仕方ない」とよく言う。でも私は知っている。母が本当は寂しがっていること。そして、妹が実家のことを意識的に遠ざけていることも、何となく感じている。
先月、母から電話があったのは夜の十時を過ぎていた。私はもう寝る準備をしていて、化粧水を顔につけているところだった。
「お父さんが、お風呂で転んだの」
母の声は震えていた。幸い、大きな怪我はなかった。父は浴槽の縁に手をかけようとして、力が入らずにそのまま床に座り込んでしまったらしい。母一人では抱えられなくて、結局、近所の人を呼んで助けてもらったという。
「救急車を呼べばよかったのよ。なんで呼ばなかったの」
「だって、大したことないと思ったんだもの。それに、近所に知られるのも恥ずかしいし」
私はその言葉に、何も返せなかった。恥ずかしい。母はそう言った。父が倒れてから、母は近所との付き合いを極端に避けるようになっていた。散歩に出るのも、人に会わない時間帯を選んでいるらしい。父のよだれを拭く姿や、うまく歩けない姿を、他人に見せたくないのだと思う。
「今度からは、何かあったらすぐ私に電話して。夜でもいいから」
「わかってる。でも、あんたも自分の生活があるでしょ」
自分の生活。確かにある。あるけれど、それが何だというのだろう。パートに行って、帰ってきて、夕飯を作って、洗濯して、寝るだけの生活。夫とはほとんど会話もない。息子はバイトとサークルで忙しく、娘は一人暮らしを始めてから、LINEの返事も素っ気なくなった。
私は時々、思う。私の人生って、何だったんだろう、と。
翌週、私は実家に顔を出した。仕事が休みの水曜日で、朝から雨が降っていた。玄関を開けると、廊下に洗濯物が干してあって、家の中が少し湿っぽかった。
「あら、来たの」
母は台所で、父の食事の支度をしていた。刻んだ野菜と、柔らかく煮た肉じゃが。父は飲み込む力が弱くなっているから、食材は小さく切らなければならない。
「お父さん、調子どう?」
「変わりないわよ。今日は機嫌がいいの。テレビで相撲を見てる」
居間に行くと、父が車椅子に座ってテレビを見ていた。私に気づくと、少しだけ口元を動かした。笑っているのか、何か言おうとしているのか、判別がつかない。
「お父さん、来たよ」
私は父の隣に座って、テレビを一緒に見た。大相撲の中継で、若い力士がベテランを押し出しているところだった。父は昔、相撲が好きで、よく一緒にテレビを見ていた。私が小学生の頃、日曜日の夕方になると、父は決まって相撲中継をつけていた。私はそれが退屈で仕方なかったけれど、今はこうして隣に座っている時間が、妙に懐かしく感じる。
「お父さん、この力士、知ってる?」
父は小さくうなずいた。それから、右手をゆっくり持ち上げて、テレビの方を指さした。
「つよい」
かすれた声で、そう言った。
「うん、強いね」
私は父の手を握った。骨ばって、冷たかった。昔、この手に自転車の乗り方を教えてもらった。補助輪を外した日、公園の駐車場で、後ろを支えてもらいながら何度も転んだ。父は一度も怒らなかった。転ぶたびに「大丈夫か」と声をかけて、また支えてくれた。
あの頃の父は、もっと大きくて、もっと力があった。今は、私の手を握り返す力さえ、ほとんど残っていない。
「ねえ、お母さん」
台所に戻って、私は母に声をかけた。
「この前、ケアマネさんが施設を考えたらって言ったって言ってたよね。あれ、どうするの」
母は手を止めずに、鍋の中をかき混ぜながら答えた。
「どうもしないわよ。まだ家で見るって決めたんだから」
「でも、お母さんだって年なんだし、いつまで続けられるかわからないでしょ。私も手伝うから、少し考えてみたら」
「あんたが手伝うったって、毎日来られるわけじゃないでしょ。結局は私がやるのよ。それなら、今まで通りでいいの」
母の声は静かだった。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただ、事実を確認するような口調だった。
「お母さん、私、パートの時間を減らそうかと思ってる。そしたら、もう少し来られるし」
「やめなさい。あんたの家はあんたの家で、お金がかかるんでしょ。息子さんの学費だってまだあるし。余計な心配しなくていいから」
余計な心配。母はそう言うけれど、余計な心配をしなければ、誰がこの家のことを見るのだろう。東京の妹は、電話さえろくにかけてこない。父の誕生日に、花を送ってくるだけだ。それで「親孝行してます」みたいな顔をしているのが、私は正直、許せなかった。
でも、それを口にすると、自分が醜い人間になったような気がして、何も言えなかった。
昼過ぎに実家を出て、車で帰る途中、スマホにLINEが入った。妹からだった。
「お姉ちゃん、お母さんから聞いたんだけど、お父さん、施設の話出てるの?」
私は運転しながら、信号で止まったときに返信した。
「出てるけど、お母さんはまだ家で見るって」
「そうなんだ。でも、お姉ちゃんも大変だね。何かあったら言ってね」
何かあったら言ってね。その言葉が、やけに軽く感じた。何かあったら、あなたは東京から帰ってくるの? 仕事を休んで、父のオムツを替えてくれるの? 母の代わりに、夜中に何度も起きてくれるの?
言いたいことは山ほどあった。でも、送ったのは「ありがとう」のスタンプだけだった。
家に着くと、夫が珍しく台所に立っていた。カップ麺ではなく、冷凍のチャーハンを温めているところだった。
「あれ、早かったな」
「うん、そんなに長居しなかったから」
「実家、どうだった」
「別に。普通」
私はコートを脱いで、洗面所で手を洗った。鏡に映った自分の顔が、やけに疲れて見えた。白髪が目立つようになった。染めるのも面倒で、この半年は放ったままにしている。
「なあ、ちょっと話があるんだけど」
夫が居間から声をかけてきた。私はタオルで手を拭きながら、居間に行った。
「何」
「実は、会社のほうで、来年から早期退職の募集が出るらしいんだ。対象は五十歳以上。俺も一応、該当する」
私は一瞬、夫が何を言っているのか理解できなかった。
「早期退職って、辞めるってこと?」
「そう。割増の退職金が出るから、条件は悪くないらしい。まだ決めたわけじゃないけど、選択肢として考えてる」
夫は五十三歳。勤続三十年を超えている。今辞めたら、退職金はそれなりに出るだろう。でも、その後はどうするのだ。息子の学費はまだ二年分残っている。住宅ローンだって、あと十年以上ある。
「本気で言ってるの」
「本気で考えてる。このまま定年までいても、給料は上がらないし、役職も頭打ちだ。それなら、少しでも若いうちに辞めて、別の仕事を探したほうがいいかもしれない」
「でも、今のご時世に、五十過ぎで仕事が見つかると思う?」
「それはわからない。でも、会社にしがみついてるのも、もう疲れたんだよ」
夫の声には、諦めのようなものが混ざっていた。私は夫の顔をまっすぐ見た。この人も、いろいろ抱えているのだ。私が実家のことで頭がいっぱいになっている間に、夫は夫で、自分の将来に悩んでいたのだ。
「わかった。でも、急に決めないで。ちゃんと話し合おう」
「ああ、そうする」
夫はそう言って、温めたチャーハンを皿に盛った。二つに分けて、片方を私の前に置いた。
「食うか」
「うん」
二人で黙ってチャーハンを食べた。冷凍のくせに、少し芯が残っているような食感だった。でも、温かいものを黙って食べていると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
夜になって、布団に入ってから、私は天井を見ながら考えた。母のこと、父のこと、夫のこと、妹のこと。どれも解決しないまま、時間だけが過ぎていく。
私はこの先、どうしたいのだろう。母の負担を軽くしたい。でも、私が実家に入り浸れば、今度は自分の家が回らなくなる。夫は早期退職を考えている。息子の学費はまだかかる。娘は娘で、結婚の話が出ているらしいが、相手の家のことで悩んでいるようだ。
みんな、それぞれの場所で、それぞれの重いものを抱えている。私だけが特別に不幸なわけではない。それはわかっている。わかっているけれど、時々、全部を放り出して、どこか遠くに行ってしまいたくなる。
翌朝、私はいつも通り六時に起きて、弁当を作った。夫の分と、自分の分。卵焼きを焼きながら、昨日の母の声を思い出していた。
「余計な心配しなくていいから」
母はいつもそう言う。私が何かをしようとすると、必ず断る。それは私への遠慮なのか、それとも、私に頼ることが怖いのか。たぶん、両方なのだろう。母は母で、私に迷惑をかけたくないと思っている。でも、その「迷惑をかけたくない」という気持ちが、逆に私を苦しくさせている。
私は弁当箱にご飯を詰めながら、ふと思った。今度、実家に行ったら、母にちゃんと言おう。迷惑だなんて思わないから、もっと頼ってほしい、と。でも、それを言ったところで、母は「ありがとう」とだけ言って、結局は何も変わらないのだろう。
それでも、言わないよりはましだ。そう思って、私は弁当箱の蓋を閉めた。