ローンが終わっても出て行かない義母と、何も言わない夫
リビングの隣の和室から、義母がため息をつく音が聞こえた。わざとじゃないかと思うくらい、ちょうど私が洗濯物を畳み終わったタイミングで。夜の九時。夫はまだ帰ってこない。テレビは消してある。家の中がやけに静かで、そのため息だけがやけに大きく響いた。
私は黙って洗濯物を自分の膝の上に重ねた。タオルを四つに畳む手を止めて、台所のほうを見る。シンクの上に、義母が夕食のあと使った小皿が一枚、水に浸けて置いてある。私が片付けようとすると「まだいいから」と言うくせに、朝になると「昨日のお皿、そのままだと思った?」と小言を言われる。そういうことが十年続いている。
この家を建てたとき、義母は「ローンが終わるまで」と言った。正確には「お金が大変なあいだ、一緒に住んであげる」だった。当時、夫の転勤が重なって、私はパートを辞めたばかりで、貯金も心細かった。義母が家を売ってまとまったお金を出してくれたのは事実だ。頭金の半分以上は義母のお金だった。だから夫は「母さんには借りがある」と何度も言った。私もそう思っていた。思っていたから、十年我慢できた。
でも、ローンは去年の秋に終わった。正確には、繰り上げ返済をして、残りを一括で払った。私がコツコツ貯めたパート代と、夫の退職金の一部を足した。銀行で手続きを終えた日、夫は「これでやっと普通の生活ができるな」と言った。私はその言葉を信じた。信じて、義母にいつ出て行くのかを聞くのは夫の役目だと思っていた。
夫は何も言わなかった。三か月待った。年が明けて、私は夫に「お義母さん、これからどうするのかな」と聞いた。夫は新聞を畳みながら「さあ」とだけ言った。それから「急かすのもなんだから、もう少し様子を見よう」と続けた。私は「ローン終わったらって話だったよね」と言った。夫は黙って、眼鏡を外して、テーブルに置いた。それで会話は終わった。
義母は出て行く気配がまったくなかった。それどころか、去年の暮れに自分の部屋のエアコンを新しく買い替えていた。量販店の人が来て、室外機を庭に置いていった。配線を整えながら「これで冬も安心ですね」と言われて、義母は嬉しそうに「ここが一番落ち着くから」と答えていた。私はその会話を台所で聞きながら、冷蔵庫のドアを開けたまましばらく動けなかった。
家の中は、いつも義母の基準で回っている。洗濯の干し方、調味料の置き場所、お風呂の時間、テレビの音量。私が何かを変えようとすると、直接は言わない。ただ、あとから夫に「あれはどういうつもりなの」と聞いているらしい。夫は「母さんも悪気はないから」と私に言う。悪気がないのは知っている。でも、悪気がない人に限って、こちらの生活を少しずつ削っていく。
寝室は二階にある。夫と私の部屋。でも、夜になると義母が階段の下まで来て「健一、お風呂沸いてるわよ」と声をかける。夫は「はーい」と返事をする。私はその声を聞くたびに、自分がこの家の人間じゃないみたいな気持ちになる。夫の実家に、私が間借りしているみたいな感覚。実際は、私もローンを払った。頭金の一部も、私の独身時代の貯金を崩して出した。でも、この家の名義は夫と義母の共有になっている。結婚してから知った。正確には、家を建てるときに夫が「母さんにも名義を入れておくから」と言った。私はそのとき深く考えなかった。考えられなかった。あの頃は、とにかく家が欲しかった。
今朝も、朝食のあと義母が「今日は燃えるゴミの日よね」と確認してきた。私は「はい」と答えた。義母は「あ、そう。じゃあ、そろそろ出しておいて」と言った。自分で出せる距離なのに。いや、出してもらうのが当然だと思っている。私がゴミ袋を縛っているあいだ、義母は洗面所でゆっくり手を洗っていた。鏡の前で髪を整えながら「今日は暑くなりそうね」と独り言のように言った。私は「そうですね」とだけ返した。
午前中、スーパーに買い物に行った。自転車で十分くらいのところにある。帰りに、同じマンションに住んでいた頃の友人からLINEが来た。娘さんが大学を卒業して、一人暮らしを始めたという写真付きのメッセージだった。私は「いいね、おめでとう」と返した。それから、自分の娘のことを考えた。娘はもう二十七で、都内で働いている。たまに帰ってくるけど、この家には泊まらない。近くのビジネスホテルに泊まる。理由は聞いていない。でも、なんとなく分かる。祖母と母のあいだの空気を、娘は高校生の頃から知っている。
夕方、夫から「今日は遅くなる」とLINEが来た。スタンプも何もない、そっけない一文。私は「了解」とだけ返した。義母は「健一、最近遅いわね」と言った。私は「仕事が忙しいみたいです」と答えた。義母は「あなたがちゃんとご飯作ってる?」と聞いてきた。私は「作ってます」と答えた。義母は「外で食べてるんじゃないの」と続けた。私は「さあ、どうですかね」と笑ってごまかした。義母は不満そうに「ちゃんと聞いておいてよ」と言った。
夜、夫が帰ってきたのは十一時を過ぎていた。義母はとっくに和室に引っ込んでいた。私はリビングでスマホを見ていた。夫は「ただいま」と言って、ネクタイを外しながら冷蔵庫を開けた。私は「お風呂、まだ沸いてるよ」と言った。夫は「ああ」とだけ言って、麦茶をコップに注いだ。
私は思い切って言った。「ねえ、お義母さんのこと、そろそろちゃんと話さない?」夫はコップを流しに置いて、私のほうを見た。「またその話?」と言った。私は「またって、一度もちゃんと話してないよ」と返した。夫は「母さんだって、出て行けって言われたら傷つくよ」と言った。私は「出て行けなんて言ってない。ただ、最初の約束と違うって言ってるだけ」と声を抑えて言った。
夫はしばらく黙って、それから「母さん、もう七十だよ。今から一人で暮らすのは無理だよ」と言った。私は「お義母さん、元気だよ。この前も一人でバスに乗って市民病院まで行ってた」と答えた。夫は「そういう問題じゃないだろ」と言った。私は「じゃあ、どういう問題なの」と聞いた。夫は答えなかった。代わりに「お前は母さんの何がそんなに嫌なんだ」と聞いてきた。
私は何も言えなかった。嫌なところを一つ一つ挙げればきりがない。でも、それを言ったら、私がただの心の狭い嫁になる。十年分の小さな我慢を、夫はたぶん何も知らない。知ろうともしない。義母が私にだけ見せる顔と、夫に見せる顔が違うことも。
「別に、嫌いとかじゃないよ」と私は言った。「ただ、自分の家で普通に暮らしたいだけ」。夫は「ここはお前の家だろ」と言った。私は「そう思えないから困ってるんだよ」と答えた。夫はまた黙った。それから「もう寝る」と言って、二階に上がっていった。
私はリビングの電気を消して、ソファに座ったまま暗い天井を見た。和室のほうからは何も聞こえない。義母はたぶん起きている。会話を聞いていたかもしれない。聞いていたとしても、何も言わないだろう。そういう人だ。
次の日、朝食のとき、義母が突然「私、そろそろ老人ホームの資料でも取り寄せようかしら」と言った。私は箸を止めた。夫は新聞を置いて「何言ってるの、急に」と言った。義母は「だって、いつまでも若い夫婦のそばにいたら悪いでしょ」と笑った。私は「そんな、急にどうしたんですか」と言った。義母は「昨日の話、聞こえてたのよ。ごめんね、耳が遠いからって、聞きたくなくても聞こえちゃうの」と言った。
夫は「母さん、気にしなくていいから」と言った。義母は「でも、私がいると迷惑なんでしょ」と私のほうを見た。私は「迷惑とか、そういうことじゃないです」と言った。義母は「じゃあ、どういうこと?」と首をかしげた。私は答えられなかった。夫は「もういいだろ、朝から」と言って、お茶を飲み干した。
義母はそれから、毎日のように老人ホームの話をするようになった。パンフレットをリビングのテーブルに置きっぱなしにする。夫の前では「私がいなくなれば、みんな楽になるわよね」と明るく言う。私にだけ聞こえるように「あなたが望んでたことだものね」と小さく言うこともある。
夫はますます何も言わなくなった。私が何か言えば言うほど、義母は被害者の顔をする。私はこの家の中で、どんどん悪者になっていく。でも、私が何も言わなければ、このまま十年も二十年も同じ生活が続く。それだけは耐えられない。
今朝、洗面所で歯を磨いていたら、義母が後ろを通りながら「今日は燃えるゴミの日じゃないわよ」と言った。私は「知ってます」と答えた。義母は「あら、そう」と言って、居間のほうへ歩いていった。鏡に映った自分の顔が、ひどく疲れて見えた。
まだ何も解決していない。夫は今日も仕事に行った。義母は和室でテレビを見ている。私はこれからスーパーに行く。買い物リストには、義母の好きなヨーグルトが書いてある。私が自分で書いた。