52歳にして、母から実家に戻ってきてほしいと言われた

冷蔵庫の音が急に止まって、そのあと家中がしんとした。夜の十一時を回ったマンションの部屋で、私は台所の明かりだけつけたまま、スマホの画面をじっと見ていた。画面には「明日、お時間ありますか」という短いメッセージ。送り主は母だった。既読はつけたくなかったのに、指が勝手に触れてしまって、もう戻せない。

私は五十二歳。都内の小さな出版社で事務のパートをしている。夫は三年前に早期退職して、いまは週三回、駅前のスーパーで品出しのアルバイト。息子は大学を出て横浜で一人暮らし。娘は結婚して千葉にいる。家族はみんなそれぞれ落ち着いていて、私もようやく自分の時間が持てるようになったはずだった。

なのに、母からの連絡だけで、胸の奥がざわざわする。

母は七十八歳。父が亡くなってから一人で埼玉の実家に住んでいる。足腰は弱ってきたけれど、まだ自分のことは自分でできている。ただ、この一年くらい、電話の回数が増えた。最初は「元気?」だけだった。それがだんだん「今度いつ来られる?」に変わって、最近は「お墓のことをそろそろ考えないと」という話まで出るようになった。

私は母のことが嫌いなわけではない。むしろ、しっかりしていて、近所づきあいも上手で、昔から「立派なお母さん」と言われてきた人だ。ただ、その「立派」の裏側には、いつも私への期待があった。高校の進路も、就職先も、結婚相手も、母の納得する形を選んできた気がする。自分で決めたつもりでも、あとから振り返ると、母の顔色をうかがっていた。

翌朝、私は重い腰を上げて実家に向かった。東武線に乗って一時間。駅前のロータリーには、昔と変わらない花壇があって、パンジーが並んでいた。実家の玄関を開けると、母は台所でお茶を淹れていた。

「あら、早かったわね」

声は明るい。でも、どこか緊張しているのがわかる。私は靴を脱ぎながら「うん、電車が空いてたから」とだけ答えた。

居間に座ると、母はすぐに本題を切り出した。

「あのね、お母さん、そろそろこの家をどうするか決めないといけないと思って」

私は湯呑みを両手で包んだまま、黙って話の続きを待った。

「あんたも知ってる通り、お父さんが残してくれた預金はそんなに多くないの。この家は築四十年になるし、あちこち傷んできてる。でも、売るにしても、リフォームするにしても、お金がかかるでしょう」

母は言葉を切って、私の顔を見た。

「それで、あんたたち、こっちに戻ってくる気はない?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。戻ってくる? 私が? いまさら?

「お母さん、それって……」

「一緒に住めば、家もそのまま残せるし、あんたも家賃を払わなくて済むでしょう。パートを辞めても、なんとかなるかもしれないし」

母の声は落ち着いていた。でも、その落ち着きが逆に怖かった。きっと前から考えていたのだ。私が断れないことを見越して。

「夫に相談しないと」

私はやっと言った。母は少しだけ眉を下げて、「そうね、急な話だものね」と答えた。でも、その目は「どうせ大丈夫でしょう」と言っているように見えた。

帰りの電車の中で、私は窓に映る自分の顔をぼんやり見ていた。五十二歳。この年になって、また母の敷いたレールの上に戻されるのか。夫はたぶん反対しない。いや、むしろ「いいんじゃない?」と言うかもしれない。家計は楽になるし、埼玉のほうが家賃も安い。息子も娘も、たまに帰る場所が実家のまま残るのは嬉しいだろう。

でも、私の生活はどうなる。朝起きて、母のペースで一日が動いて、食事の好みも、テレビのチャンネルも、買い物の時間も、全部母に合わせる。友達と会うにもいちいち言い訳がいる。パートを辞めたら、私の収入はなくなる。夫のアルバイト代と年金だけでは、母の医療費や家の修繕費まで回らないかもしれない。

それでも、母を一人にしておくのは心配だ。夜中に転んだらどうしよう。夏の暑い日にエアコンをつけずに倒れたら。近所の人に迷惑をかけたら。そう考えると、やっぱり私が行くしかないのかな、という気持ちになる。

家に帰ると、夫はリビングでテレビを見ていた。私は隣に座って、母の話をした。夫はしばらく黙って画面を見ていたけれど、やがて「お前が決めればいいよ」と言った。

「でも、お前の人生だし」

その言い方が、優しいのか冷たいのか、私には判断できなかった。ただ、夫は本気でどちらでもいいのだと思った。私が実家に行けば、夫は一人で気楽に暮らせる。食事も洗濯も自分でやるだろう。たぶん、寂しいとは思わない。そういう人だ。

次の週、私は母に電話をかけた。

「まだ決められない。もう少し時間がほしい」

母は一呼吸おいて、「わかった」と言った。それから「無理にとは言わないからね」と付け加えた。でも、その声には明らかに落胆が混ざっていた。

電話を切ったあと、私は台所のシンクに手をついて、しばらく動けなかった。無理にとは言わない。そう言われたら、余計に「無理をしてでも行くべきなのか」と考えてしまう。母はそういう人だ。直接は責めない。でも、あとからじわじわと効いてくる。

数日後、娘からLINEが来た。

「おばあちゃんから電話あったよ。ママ、大丈夫?」

私は「大丈夫だよ」と返した。でも、娘はそれ以上何も聞いてこなかった。たぶん、私が困っているのを察したのだろう。それでも、深入りはしない。それがうちの家族の距離感だった。

結局、私はまだ答えを出せていない。母の家はそのまま。私の生活もそのまま。でも、毎晩のように考える。私が行かなかったら、母はどうなるのか。私が行ったら、私はどうなるのか。

どちらを選んでも、何かを失う。たぶん、もうとっくに失っているのかもしれない。自分の人生を自分で決めるという感覚を、私はずっと前から手放していたのかもしれない。

今夜も冷蔵庫の音が止まる。静かな部屋で、私はスマホを裏返しに置く。母からの着信は、まだない。